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仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(ナ)3号 判決

原告 渡辺才吉

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告委員会が昭和二十九年十一月二十五日附を付て為した同年九月二十二日花岡町選挙管理委員会が訴外藤盛喜一郎の異議申立に対し為した決定を取消し、当選人渡辺才吉の当選を無効とする旨の裁決は、之を取消す」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)原告及び訴外藤盛喜一郎は訴外畠沢忠雄、成田治、高杉辰蔵、鳥潟与左ヱ門、山本久四郎、成田原一郎、成田嘉助、大森万之助、成田治一、佐々木政吉、藤盛米松、白川宇一郎、畠沢利栄蔵、畠沢藤十郎及び浅利皆五郎と共に昭和二十九年七月十六日執行された秋田県北秋田郡花岡町農業委員会委員の選挙に於ける立候補者であるが、即日開票の結果右花岡町選挙会に於て原告及び訴外藤盛喜一郎の各投票数が同数の六十八票にして、いずれも最下位の当選順位にあるものと認め、抽籖により原告を最下位の当選人、右訴外人を次点者と決定した。しかるところ右訴外人は同月二十一日花岡町選挙管理委員会に当選の効力に関する異議の申立を為したが、同委員会に於いて同年九月二十二日右異議を却下する旨の決定をしたので、更に同年十月十九日被告委員会に対し訴願を提起したところ、被告委員会は右選挙に於ける無効投票中「フチモリキ一」と記載された一票は候補者藤盛喜一郎の「郎」の字を脱落したもので同候補者の得票として有効と解すべく、従つて右一票を同候補者の前示得票数に加算すると同候補者の得票数は六十九票となり原告の得票数よりも一票多いことになるから、訴外藤盛喜一郎を以て最下位当選者、原告を次点者となすべきであるとして同年十一月二十五日附を以て前記町選挙管理委員会の決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決をなし、その裁決書は同月二十六日原告に交付された。

(二)しかし、前記「フチモリキ一」と記載された投票(甲第二号証)は候補者藤盛喜一郎の「郎」の字を脱落したものではなく、右候補者と同部落の秋田県北秋田郡花岡町字二井山百十五番地に居住する選挙人藤盛喜一の氏名を記載したものと看做すべきであり、従つて公職の候補者でない者の氏名を記載した無効のもので、候補者藤盛喜一郎の有効投票に加うべきではない。

(三)而して、尚藤盛喜一郎の有効投票中

(イ)「フジモリキイツ」と記載された投票一票(甲第三号証)

(ロ)「ふじもりきえつろう」と記載された投票一票(甲第四号証の一)

(ハ)「藤盛キ一郎」と記載された投票一票(甲第四号証の二)

(ニ)「盛喜一郎」と記載された投票一票(甲第四号証の三)

が存するが、右(イ)の投票は前記「フチモリキ一」の投票について主張したと同様の理由により無効となすべく、又(ロ)(ハ)(ニ)の各投票は、いずれも他事を記載した無効の投票となすべきである。

(四)以上の理由に基き候補者藤盛喜一郎の得票数を計算すると、結局六十四票となり原告の得票数より四票少ないこととなるから、被告委員会の前記裁決は違法である。よつて之が取消を求むるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告委員会の主張事実中訴外藤盛喜一が本件選挙について実質的選挙権並びに被選挙権を有しないことは認むと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中(一)の事実、訴外藤盛喜一が候補者藤盛喜一郎と同部落の秋田県北秋田郡花岡町字二井山百十五番地に居住している事実及び候補者藤盛喜一郎の有効投票中に原告主張の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各投票が存することは認める。原告主張の「フチモリキ一」、「フジモリキイツ」と記載された投票各一票は、いずれも候補者藤盛喜一郎の「郎」又は「ロウ」の字を脱落したもので、同候補者に投票されたものと認むべきである。右藤盛喜一は本件選挙について実質的選挙権並びに被選挙権を有せず且つ所謂有力者でもないから、同人に投票されたものとなすべきではない。原告主張の(ロ)(ハ)(ニ)の各投票は、いずれも有意に他事を記載したものではなく、候補者藤盛喜一郎に投票すべく記載したが、たまたま誤記したので即時これを訂正したものと認むべきであると述べた。(立証省略)

理由

原告主張の(一)の事実及び候補者藤盛喜一郎の有効投票中に原告主張の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の投票各一票の存することは当事者間に争がないし、また本件選挙の無効投票中に原告主張の「フチモリキ一」と記載された投票一票(甲第二号証)の存することは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争のないところである。

よつて先ず原告主張の「フチモリキ一」及び「フジモリキイツ」(甲第三号証)と記載された投票の効力について考えるに、訴外藤盛喜一が候補者藤盛喜一郎と同じ部落に居住していることは当事者間に争ないところであるけれども、単に候補者と同じ部落に居住しているとの事実だけでは直ちに右投票が右訴外人の氏名を記載したものと断定することは許されないところであり、その他特に右訴外人の氏名を記載したものであることを肯認せしめるに足る特段の証拠がない。却つて右訴外人が本件選挙について実質的選挙権並びに被選挙権を有しないことは当事者間に争ないところであり、右訴外人は出生以来四十数年右部落に居住しているが、公職についたとか、選挙に立候補したことなどは一度もないばかりか、本件選挙当時には僅かに現住の家屋敷と畑五畝歩を所有するのみで、右畑の耕作の傍ら失業対策事業の日傭稼ぎに出ていたが一家の生計を支えるに十分でなく、生活扶助をも受けていたものであることは、証人藤盛喜一の証言により明らかであるから、前記投票が右訴外人へ投票する意思を以て記載せられたものとは到底認め難いところである。右事実に他の候補者中「喜一郎」又は之に類似の名のあるものがない事実を考え合せると右投票二票は被告委員会主張の如く候補者藤盛喜一郎の氏名を記載せんとして、その「郎」又は「ロウ」の字を脱落したものと認められ、右候補者へ投票する意思なること明白であるから、同候補者の有効投票と解すべきである。

次に原告主張の(ロ)(ハ)(ニ)の投票三票につき按ずるに、右(ロ)の投票(甲第四号証の一)は、漢字にて「藤」の字を書こうとして「前」と書損じた為め之を「」で抹消し、その右側に「ふじもりきえつろう」と記載したもの、(ハ)の投票(甲第四号証の二)は、「藤盛キ一」とまで記載し次の「郎」の字を書損じた為右書損じの一字を右同様抹消し、その下に「郎」と記載したもの、又(ニ)の投票(甲第四号証の三)は、「藤」の字を書損じ之を前同様抹消し、その下に「藤盛喜一郎」と記載したもの、なることは右各投票の記載自体に照し、いずれも明らかに認められるところであつて、原告主張のように有意の他事記載となすべきではないから、いずれも候補者藤盛喜一郎の有効投票となすべきである。

そうすると、原告の得票数は六十八票なるに反し、候補者藤盛喜一郎のそれは六十九票であるから、右藤盛喜一郎の異議申立を却下した前記町選挙管理委員会の決定を取消し原告の当選を無効とした被告委員会の裁決は適法であつて、原告の本訴請求は失当にして、棄却すべきものとす。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 浜辺信義 兼築義春 岡本二郎)

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